熊検知AIカメラ「電設資材2026年10月号」に掲載

─「熊を見つける」から「地域で守る」へ ─

熊害対策DXへの一考察Xへの一考察

熊害は「数」だけではない。「質」も変わった。 近年、クマ出没による人身被害は大きな年度変動を示しながら、突出する年が生じている。環境省の速報値では、令和7年度の出没情報は50,801件、人身被害者数は238人、うち死亡13人である。一方、令和6年度の人身被害者数は85人であり、毎年一定の割合で増加しているわけではない。重要なのは、単純な右肩上がりとして捉えるのではなく、年度変動の大きさを前提としながら、高水準となる年への備えを平時から整えておくことである。  さらに注目すべきは、熊害の「質」の変化である(図1)。従来は山間部や農地周辺での農作物、養蜂、林業被害などが中心であったが、近年は住宅地、学校周辺、観光地など、人の生活圏での出没が問題となっている。熊害は野生動物による被害という枠を超え、地域住民の安全に関わる課題へ変化している。  背景には、生息域の拡大、中山間地域の人口減少、耕作放棄地、人里周辺の餌資源など複数の要因が考えられ、単一の原因で説明することは難しい。人里で餌を得た経験を持つ個体が繰り返し出没する可能性も考えられるため、地域ごとの環境条件や個体の行動を継続的に把握することが重要となる。  これまで、生態調査、個体群管理、捕獲、電気柵、環境整備、トレイルカメラなど多様な対策が積み重ねられてきた。トレイルカメラは電池で長期間稼働し、比較的容易に設置できることから、獣道の確認や農地監視など多くの現場で活用されている。通信機能を備え、遠隔で画像を確認できる機種も増えている。これらの取り組みを否定するのではなく、それぞれの強みを生かしながら、人の生活圏への出没という新しい条件を加えて考える必要がある。  そして、熊を見つけた後、その情報を誰が受け取り、誰が判断し、誰が動くのかという「情報の流れ」まで含めて対策を設計することが重要になる。

図1

 

熊害対策を三つの監視領域で考える 熊害対策は、すべての場所を同じ方法で管理しようとすると無理が生じる。本稿では監視領域を「山奥」「里山」「住宅地」の三つに整理し(図2)、それぞれを「知る」「防ぐ」「守る」という役割で捉える。山奥は「熊を知る」領域である。生息数、個体識別、行動範囲、生息環境など、長期的な野生動物管理に必要な基礎情報を蓄積する。研究機関、大学、行政等による生態調査やモニタリングは、この領域で大きな意味を持つ。ここで得られる知見は、短期的な出没対応だけではなく、個体群管理や生息環境管理など中長期の施策を考える基盤となる。  里山は「防ぐ」領域である。山奥と住宅地の間に位置し、熊の移動を早期に把握できれば、生活圏への接近リスクを低減するための対応時間を確保できる。境界部の草木管理、誘因物の除去、侵入経路の管理など既存対策に加え、検知情報を迅速に共有できれば、人が危険区域へ入る前に状況を把握できる。里山は電源や通信環境が十分ではない場所も多いため、省電力化、通信手段、保守方法を含めて現場条件に合わせた仕組みが必要である。  必要な地点では音や光を用いた注意喚起・抑止支援を組合わせる考え方もある。ただし、これらの効果は環境や個体差、学習状況等に左右されるため、万能な対策としてではなく、設置場所と運用目的を明確にした補助手段として扱うべきである。里山は、住宅地への接近を早期に把握し、次の対応へつなぐ重要な防衛ラインと位置付けることができる。  住宅地は「守る」領域である。侵入が確認された後は地域住民の安全確保を最優先とし、関係者へ迅速に情報を共有して、注意喚起、避難、警戒、現場対応へつなげる必要がある。ここでは「発見した」という情報だけでなく、画像、位置、時刻など判断材料をできるだけ早く共有することが重要である。  三つの領域は独立していない。「知る」「防ぐ」「守る」を情報でつなぎ、それぞれの領域で得られた情報を必要な関係者が利用できる状態にすることで、地域全体としての熊害対策が成立する。 電話やメールで伝わり、そこから担当者、関係機関へ順次連絡されることが多い。しかし、情報が届いても「本当に熊なのか」「現在もその場所にいるのか」が分からなければ、担当者が現地へ向かい、足跡や糞、周辺状況を確認してから次の判断を行う場面が生じる。  山奥では一定の時間的猶予がある場合もあるが、里山に登山者、山菜採り、農作業者がいる場合、あるいは住宅地や通学路では、数十分の遅れも軽視できない。一方、真偽が確認できない情報を広範囲へ発信すれば、不要な混乱を生じさせる可能性があり、誤報が重なれば情報への信頼低下にもつながる。慎重になり過ぎれば初動が遅れ、急ぎ過ぎれば不確かな情報を拡散する。この間を埋めるのが、早期に判断材料を共有する仕組みである。  現場で取得した画像、位置、時刻を複数の関係者が確認できれば、電話による説明だけに頼らず、共通の情報を基に判断できる。現場へ向かう必要がある場合にも、あらかじめ位置や画像を確認しておくことで、確認作業や安全確保の準備を進めやすくなる。  ここでいうDXは、単にAIを導入したり、紙をデジタル化したりすることではない。必要な情報を必要なタイミングで必要な人へ届け、判断から初動対応までの時間を短縮する仕組みづくりである。  AIも人の判断を置き換えるものではない。検知の閾値を低く設定すれば検知数は増える一方で誤認識も増える可能性があり、逆に厳しく設定すれば見逃しの可能性が高まる。学習データや設置環境にも結果は左右されるため、単一の 「検知率」だけで運用性能を評価することはで きない。AIは人がより早く判断するための画像や情報を届ける支援技術として位置付けることが適切である。

図2

 

熊害情報プラットフォームという考え方 この情報共有を支える考え方を、本稿では「熊害情報プラットフォーム」と呼ぶ。これは特定のクラウド製品を指す言葉ではなく、熊害情報を集約、共有、記録、通知し、必要な関係者が同じ情報を基に判断と対応を行うための情報基盤という考え方である(図3)。  重要なのは「判断を担う関係者」と「対応を担う関係者」が必要な情報を同じタイミングで確認できることである。自治体や危機管理担当等が状況を評価している間にも、警察、消防、猟友会、地域管理団体等が画像や位置情報を確認できれば次の行動に備えられる。情報伝達を一人ずつつなぐのではなく、権限に応じた範囲へ同時に共有することで、初動対応の迅速化が期待できる。  情報の入口はカメラだけに限定されない。担当者が現地確認で得た写真や位置情報、目撃情報の確認結果なども重要である。機器からの自動検知情報と人が確認した情報を同じ流れの中で扱い、検知・情報収集、状況判断、注意喚起・避難、現地対応という人の行動へつなげることがプラットフォームの役割である。  共有手段も一つに限定する必要はない。メール、スマートフォンアプリ、Webブラウザ、管理ソフトなど、利用者の環境や役割に応じて選択できることが望ましい。ライブ映像は有効な場合があるが、平時の閲覧には個人情報やプライバシーへの配慮が必要であり、利用者、目的、時間帯などに応じた閲覧権限の設定が欠かせない。  さらに、情報は蓄積されることで価値を増す。複数地点の検知履歴から出没時間帯や移動傾向を把握し、注意喚起区域の検討や対策配置の見直しに利用できる。カメラ位置、画像、日時を関連付けて保存すれば、同一個体の可能性を検討する材料にもなる。将来的には個体識別の補助や広域的なモニタリングの基礎情報として活用できる可能性もある。  ただし、情報を集めること自体が目的ではない。誰が管理するのか、誰にどこまで見せるのか、誤情報をどのように訂正するのかといった運用ルールがあって初めて情報基盤として機能する。熊害情報プラットフォームの目的は、情報を共有し、人が判断し、人が行動するための環境をつくることである。

図3

 

クマ検知カメラとクマ検知・威嚇カメラ 地域全体へ情報網を広げるには、一台の高機能機器だけに依存するのではなく、目的に応じて機器の役割を分けることが重要である(図4)。  熊検知カメラは、熊の検知、画像取得、位置・時刻情報の記録、プラットフォームへの情報提供を担い、必要な場所へ面的に配置することを想定する。導入しやすい構成とすることで、住宅地周辺、通学路、農地周辺など、地域の状況に応じた情報網を形成しやすくなる。個々の利用者が設置した機器の情報を一定のル ールの下で地域共有できれば、個別設備が地域全体の安全情報を支えるセンサー網へ発展する可能性がある。  一方、熊検知・威嚇カメラは、同じ検知・撮影・情報共有機能に加え、ライトや音声による注意喚起・抑止支援を備え、里山、侵入経路、境界部などの重点地点での利用を想定する。人に対して「熊を検知したため近づかない」と知らせる注意喚起にも利用できる。  ただし、音声や光による威嚇について、あらゆる環境で有効であるとする公的な根拠が確立しているわけではない。効果は環境、個体差、学習状況等に左右され、住宅地では不用意な刺激を避ける配慮も必要である。このため「追い払う装置」と断定するのではなく、重点地点における注意喚起・抑止支援の一つとして位置付けることが適切である。  両者は競合するものではなく、役割を分担しながら熊害対策を支える。面的な情報収集と重点地点での対策を組合わせ、地域の状況に応じて段階的に運用する考え方である。この関係は既存のトレイルカメラや環境整備等の対策にも同様であり、どれか一つへ置き換えるのではなく、それぞれの目的に応じて組合わせることが現実的である。  機器の普及と同時に検討すべきなのが、情報の運用主体である。誰が情報を管理し、どこまで共有するのか。自治体、地域管理団体、民間事業者等、地域ごとに適した形は異なる。助成・補助制度を活用する場合も、単なる機器購入支援ではなく、地域で共有できる情報基盤を育てるという視点が重要となる。地域住民や生産者が導入した機器の情報を本人の同意と適切な権限設定の下で地域の安全に活用する仕組みが整えば、費用を一か所へ集中させずに情報網を広げる可能性も生まれる。

図4

 

熊害対策DXのこれから 2024年4月、四国の個体群を除くクマ類(ヒグマおよびツキノワグマ)は指定管理鳥獣に追加された。環境省は2026年にクマの保護・管理に関するガイドラインを改定し、個体数規模に応じた管理、広域的な調査・管理、ゾーニングによる人の安全確保を強化している。また、同年3月には関係省庁による「クマ被害対策ロ ードマップ」が取りまとめられた。  こうした政策的な方向性と地域で蓄積される検知情報は無関係ではない。地域のカメラや現地確認で得られた情報が地域内で共有されるだけでなく、自治体間で適切に蓄積・分析されれば、出没傾向、移動経路、対策地点の選定、広域管理を考える基礎情報となり得る。地域の一つ一つの情報がより広い鳥獣管理のデータへ育 っていく可能性がある。  ただし、熊害情報プラットフォームが既存の行政システムや研究データを直ちに置き換えるものではない。生態調査、被害防除、生息環境管理、個体群管理、捕獲といった既存対策を尊重し、その間を情報でつなぐことに価値がある。現場で求められる即時性と研究・行政で求められる継続性・正確性は異なるため、それぞれの役割を保ちながら連携することが重要である。  行政、研究機関、関係機関、地域管理団体、地域事業者、地域住民、民間企業が必要な範囲で同じ情報を共有し、それぞれの役割で判断し行動する。現場から得られる情報と行政・研究機関が蓄積してきた知見が連携すれば、地域の安全と科学的な鳥獣管理を両立できる可能性が高まる。  熊害対策に単一の正解はない。生態調査、環境整備、捕獲、情報共有、AIにはそれぞれ異なる役割がある。重要なのは、これらを対立させることではなく、必要な場所で必要な手段を組合わせることである。情報がつながれば判断は早くなり対策同士もつながる。  「 熊を見つける」から、「地域で守る」へ。熊害情報プラットフォームは、そのための一つの情報基盤として発展する可能性を持っている。

〈参考資料〉
 環境省「クマ類の出没情報について[速報値]」
 令和8年8月6日

 環境省「クマ類による人身被害について[速報値]」
 令和8年7月10日

 環境省「指定管理鳥獣捕獲等事業」
 環境省「特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン (クマ編)」
 令和8年4月改定

 環境省「クマ被害対策ロードマップ」
 令和8年3月27日